見たい様に見ている
というようによく言われているようだ。人は自分が見たいように世界にバイアスをかけて、あるいは色眼鏡をかけて、自分が望んだカタチで物事を見ている。苦しみを見ているとしたら、自身が苦しみを見たいから。幸せわ見ているのなら、そういうものを望んでいるから。
確かにそうかもしれない。人の心にも重力というか、縛られているものがある。それが人の心の中の思い込み、思考だろう。
思考が良い方に傾いている人は人生が豊かに回るだろうし、逆ならば、そういう世界が見えている。
事象→思考→行動或いは結果
これは事実だと思う。悪い結果や行動に悩んでいるのならそれに帰結する思考を変える。変えるといってもそう簡単なことではない。思考は癖であり性格とも言える。そう簡単には変えられないのが人というものだ。
結局、自分の人生は自分が選んでいるということだ。良くも悪くも。
ならば、良い方を見たい。苦しみなんか見たくはない。なのに何故今苦しいと感じているのか?苦しい方を選んでいるのか?
いま、思考の癖に抗っている。